ブランド事典

ハケット Hackett

ブランド

Jeremy Hackett

ハケット社の会長であり、創立者の一人であるジェレミー・ハケットは、英国ウィルトシャー州ディバイゼスに生まれました。
父親がテキスタイイル装飾のビジネスに携わっていたため、幼い時から布地に対する審美眼を養う機会を得ました。
学生時代からファッションに対する意識が高く、トレンドリーダー的な存在でした。

サヴィル・ロウのテーラー、「ジョン・マイケル」に5年問勤めた後、アンティークマーケットとして有名なポートペロー・ロードでアシュレイ・ロイド・ジェニングスと出会い、ヴィンテージ・クロージングを扱いはじめました。
このジェレミーとアシュレイのパートナーシップが、英国紳士服店ハケット社の構想に繋がっていったのです。
ジェレミーは空いた時間に、ノッティングヒルのボートベロー・ロードでヴィンテージ・クローズや自宅用の装飾品を探すことを楽しんでいます。
インテリアは彼の情熱であり、彼の自宅は多くのテレビメディアや高級誌で紹介されています。
ジェレミーのスタイルはシンプルで整然とし、白い壁とエレガントな家具や装飾品は、ハケットの一号店にも影響されています。
今日でも、ジェレミー・ハケットはハケット杜のビジネスに直接関わり続け、週に一度は店舗を訪れて顧客に対応しています。
ベスト・セラーとなる可能性を秘めた洋服やアクセサリーを見出す彼の天性の才能は、今後もハケット社が成功し続けていく鍵となるでしょう。

Hackett London の歴史

ジェレミー・ハケットとアシュレイ・ロイド・ジェニングスは、ポートベロー・ロードのマーケットに良質の古着を探しに来て出会いました。
ニューキングス・ロードにハケット一号店を開店した1983年から25年を経て今もなお発展しているビジネスは、この幸運な出会いから始まりました。
ハウス・クリアランスやアンティーク・マーケットで見つけた上質の古着と中古雑貨を販売していたハケットは、ほどなくロンドンの服飾関係の目利きの間で礼賛されるようになりました。
このうわさは、すぐに海外へと広まり、フランスやイタリアなどヨーロッバのみならず、アメリカや日本からも、”Ie style Anglais”(英国スタイル)を求めて人々がキングス・ロードの端へと駆けつけました。
しかし、まもなく市場の需要は、つねに供給よりも上回っていることが明らかとなり、ハケットとロイド・ジェニングスの解決策は、天然素材のトラディショナルな英国スタイルの服を新たに作ることでした。

それから何年かの間に、ロンドンと海外に更なる店舗を開きました。
1991年までにロンドンに71店舗をオープンし、スペインで大きな成功を収めることになるビジネスを展開しました。
Dunhill Holdings PLC(のちのリシュモン・グルーブ)が、その保有するアルフレッド・ダンヒル、クロエとモンブランを補完するブランドとしてハケットの大半の株式を購人したのはこの時期です。
この資金投入によって、1992年1O月、スローン・ストリートに新しい旗艦店をオープンすることができました。
クオリティの高いハケットの商品が、マホガニーの床とポートランド・ストーンを使ったみごとな空間によって、完璧なものに仕上がりました。
最近改装された、この紳士用品が揃うワンストッブ・ショップでは今でも、モーニング・コートからポロシャツ、ツイード・スーツ、エナメルカフス、ボクサーショーツ、サスペンダー、チャッカーブーツ、湯たんぽカバーにいたるまで、あらゆるアイテムを扱っています。
また、ハケットのビジネスの中でもますます重要かつ人気のある、ピスポーク顧客のための仕立て部門や理髪店も完備しています。

1995年は4月にバリ左岸、5月にロンドンのホルボーン、11月にビショップス・ゲイトに新店をオープンし、ハケットにとって非常に多忙な年となりました。
ハケットの最初の免税店は1996年4月にヒースロー空港第2ターミナルにオープンし、また、改装されたリバティ一の紳士服部門にも売り場を設けました。

1997年、英国でハケットの卸売事業を始めて以来、顧客基盤は急速に拡大しました。
スコットランド、ウェールズ、アイルランドそしてイングランドにおける成功で、売上げは大変好調となりました。
ヨーロッパにおける英国ライフスタイル・ブランドの大きなビジネスの可能件を見いだし、スペインの百貨店グループであるエル・コルテ・イングレスと組むことで、より大きな存在となるスタートを切りました。

1998年は、ロンドン最新のビジネス・センターであるキャナリー・ワーフ、そしてコベント・ガーデンとヒースロー空港第4ターミナルで新店をオープンし、事業拡人を実現しました。

1999年にはセルフリッジス百貨店の新装された紳士服フロアーに売り場を開設。
これで、ハケットの支店はロンドンの馬をする若者達を奨励するために、ウィンザーのGuards Polo Club(伝統的なポロシャツの起源となった)でプレーする英国陸軍チーム、あるいはPony Club Polo選手権などのスボンサーとなって、乗馬関連のつながりを強化させました。

1997年、イングランド・ラグビー・ユニオンチームとのつながりを持つ機会を得たことが発端となり、彼らの着用する公式ウェアのオプイシャルサプライヤーとなる長期間の関係を築くまでになりました。
その8年に及ぶ期間には、英国ラグビー歴代最高の頂点となった瞬間にも立会い、英国にワールドカップを持ち帰った際には、ハケット製のグレーのスーツをチーム全員が着用し、ロンドン周辺をパレードしました。

2002年8月にハケットはイングランド・ラグビーチームで最優秀選手の一人であるジョニー・ウィルキンソンと契約。
彼は29歳で歴史上のどのプレイヤーよりも多くの得点をイングランドのために獲碍し、2003年のラグビー・ワールドカップでは最後の瞬問のドロッブ・ゴールで母国に勝利をもたらしました。
2002年以来ウィルキンソンは、毎シーズンのカタログやウィンドウ・ディスプレイ、販促ツールなど、ハケットの広告に頻繁に登場しています。
今や、ハケットとジョニーは表裏一体となって国民の心の中に結び付けられています。

2001年6月にハケットはリージェント・ストリートに進出します。
その記念パーティーはガイ・リッチーのようなセレブ達が出席する話題のイベントとなりました。
パーティーはPunch & Judyの人形劇ライブや、綿菓子、フィッシュ&チップス、アイスクリーム、ゲームセンターなど、英国の伝統的なサマー・ホリデイがテーマでした。

2002年にはロンドンのハーヴィー・ニコルスに進出、その後ほどなくエジンバラとパーミンガムにも出店しました。

2003年夏、スーツキャリアー、ウィークエンド・トラベルグッズ、ジムバッグ、ランドリーバッグ、パスポート・ホールダー、キー・リング、財布などを扱うラゲッジと雑貨のラインをスタートさせました。
このコレクションは、クリスマス用アイテムなどギフト関連の商品を強化し、シーズンごとに商品を提案しています。

2004年9月にハケットの男性用グルーミング製品を導入し、現代紳士のグルーミング・ニーズに対応しています。

2004年10月、創設21周年を祝って新たに改築されたスローン・ストリートの旗艦店でパー
ティーを行いました。
新装店舗を3つのテーマエリアに分けて、注文仕立てを扱う階上のビスポーク・ルームをピアニストのいる1940年代調のカクテル・バーに、一階の一部をジョニー・ウィルキンソ
ンが審判となってキック競技会を行うラグビー・スタジアムに、また、クラシックなランドローバーの後ろ半分をパーティー客のための美味しい「ピクニック」に完璧な舞台として完成させました。
店の外ではポロの仔馬に乗った2人のボロ選手が護衛となり、到着したゲストを出迎えました。
2005年春は、サングラス・ラインの導入に申し分のないタイミングでした。
ハケットの洋服と雑貨からインスピレーションを得てスタートした新しいアイウェア・ラインは、「Hackett」と「Hackett Bespoke」の2ラインのコレクションで構成され、サングラスと眼鏡の製品をともに扱っています。

2005年6月、ぺぺ・ジーンズがリシュモン・ラグジュアリーグッズ・グループからハケットを買収。
今日まで最も活況を呈することになる時代の幕開けとなりました。

ペペ・ジーンズ・グループは、ハケットを世界的な魅力をそなえた英国ラグジュアリー・ブランドとして評価し、あらゆる側面において大きな投資を行っています。
ブランドのルーツを指針として、ハケットを全面的に発展させてきました。
この最も顕著な兆候となった最初の取り組みは、スローン・ストリートの凱旋店改装でした。
その後、ジャーミン・ストリート、リージェント・ストリート、ロンドンのシティにある店舗の改装、パリのセーブル通り店の改修を行い、2008年8月にはホルヘ・ホアン通りにあるマドリッド店の改装も終了しました。

店舗イメージだけでなく、ハケットの衣料と雑貨コレクションもブランドのDNAをインスピレーションンに変化を遂げ、ヨーロッパ内外の紳十たちにアピールする「エッセンシャル・プリティッシ・キット(英国服の基本ひと揃え)」を提供しています。
また、若い紳士からのニーズに応じた「エッセンシャル・プリティッシュ・キッズ」ラインも、より拡大しています。

2005年以降、また、これからもブランドを発展させることが重要です。
2005年の3ヶ国での展開から、現在では卸売販売(ロンドン、マドリッド、パリ、ミラノ、ミュンヘンにあるショウル一ムを通じて)によってヨーロッパ全土、インド、香港、ドバイで商品を展開しています。
小売りについても、ウェストフィールド(ロンドン)、バルセロナ、ダブリン、クノック(ベルギー)、アンタラ(メキシコ)、ミュンヘンで新店舗のオープン、また、スペインの百貨店EI Cortes lnglesでの売場拡張など大きく発展しています。
ハケット・ショップがある高級百貨店のリストにパリのギャラリー・ラファイエットも加わりました。
フランチャイズ事業も今年はジュネーブ、クウェート、メキシコ、そして南アフリカに拡大します。
また、メンズウェアのエキシビジョン、ピッティウォモでは、ハケットのコレクションが世界中のバイヤーとプレスを毎シーズン魅了しています。

ラグジュアリー・ブランドとしての位置付けにかなった店鋪と製品がもたらしたハケットの世界的な躍進にともない、マーケティング分野でも進展を得ています。
ブランドが地理的にも拡大し、広告やカタログ、ショッブウィンドウ、PR、ウェブなどを通して、毎シーズン、ハケットらしい紳士のライフスタイルを表現する、より上質の写真撮影に予算を投人して、さらなる資金を有効活用しています。
スコットランド高地やハンプシャー州ペレレイの猟場、あるいは英国貴族の伝統的な行楽地である南フランスで、最近の撮影が行われました。

これらの撮影で、2007年の秋冬シーズンから起用された新しいハケットの顔は英国の若手俳優であるマシュー・グッド。
イ一プリン・ウォーの小説「Brideshead Revisited(ブライズヘッドふたたぴ)」の最新映画化で、主役のチャールズ・ライダー役を演じている彼は、今の時代の紳士を表現する申し分のない例です。

洗練されたスポーツや社交イベントに参加するという、ハケット的な紳士のライフスタイルを反映させて、2005年にスタートしたアストンマーティンのレーシング・チーム(2007年と2008年のル・マンGT1カテゴリーで優勝)とのスホンサーシップ契約を更新。
また、新たに英国陸軍のポロ・チーム(近年ではウィリアム王子、ヘンリー王子がともに出場している)や、クロスターズで行われるスノーポロ、フランスとスペイン、特にソトグランデの有名なサンタマリア・ポログラフでのハケット ハイゴール カップなど、権威あるポロトーナメントヘのサポートも継続しています。
ボートレースでは、スボーツと社交行事を重視しオックスフォードとケンブリッジ対抗ボートレースや最も名誉あるクラブ、ロンドン、ローイング・クラブなどへ、格式の高いスポンサー活勧を行っています。

英国、フランス、スペインなどでの小売業の足跡をはるかに超える名声を得たハケットは、すでに今日、最良の英国スタイルを象徴するブランドとなっています。
2008年にハケットはブランドの創設25周年を迎え、その記念としてロンドン、ベルグラヴィアにて盛大なファッションショーを行いヨーロッパ中の主要なプレスが出席しました。

現在ハケットは全世界で24ヶ国、50店舗を展開しています。2008年秋には日本市場への参入をはたし、2009年4月に東京、丸の内で初の路面店ハケット ロンドン 丸の内店をオープンいたしました。

創設者であり、今も意欲的に活躍する会長のジェレミー・ハケットによる申し分のない指導のもと、この先の25年も世界中の顧客に「エッセンシャル・ブリティッシュ・キット」をお届けしていくことを楽しみにしています。

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