ボリオリ(Boglioli)は、彼ら自身のアイデンティティーである、ボリオリ一族に脈々と受け継がれるテーラード技術をもって、長きにわたる伝統を継承しています。
それはまるでボリオリに携わるあらゆる世代の人々が、祖先から受け継いだ極上のスーツを作るために培った才能と創造力を駆使して、ボリオリの品質を常に向上させているかのようでもあります。
ボリオリはイタリアを代表するテーラードカンパニーであることに加え、その企業姿勢は家族的であり、信頼と忍耐、はっきりとした個性がボリオリを支えるキーワードになっています。
このボリオリの姿勢は、創業者でもあるピエルイジ・ボリオリ(現ボリオリ会長マリオ・ボリオリ氏の祖父)の時代から何一つ変わる事無く脈々と受け継がれる、「ボリオリ」ブランドをより一層確固たるものにしている血統なのです。
ピエルイジ・ボリオリは、卓越した仕立て技術と、商売にかける熱い情熱で知られた職人でした。
第二次世界大戦後、ピエルイジの息子であるジュゼッペ・ボリオリはテーラード業界が、それまでの一握りの人々の為による仕立て服から、より多くの人々に受け入れられる工場製手工業への変化が起こると認識していました。
そうした彼の先見の明により、ピエルイジは当時の最先端技術を導入したアトリエを開設。
1972年には、ジュゼッペの長男であり、現ボリオリ会長でもあるマリオ・ボリオリが24歳で会社に加わり、工場は現在のミラノから車で2時間程のガンバラに転居します。
その後、工場は1970年代半ばにはおよそ100人の従業員に増え、一層の成長を遂げます。
そしてマシンと人の手による適切な役割分担や、情熱と明確なアイデア、更にはマーケットのトレンドを常に意識した経営手法により、2006年末には年間売上高3000万ユーロもの企業へと成長し、ボリオリがもはや現代のメンズファッションにおいて必要不可欠で、最も注目すべきメンズブランドであることを自らの手で証明したのでした。
ボリオリ社の最大の強みである「家族的経営」は、工場内で働く人々のボリオリに対する愛着や絆の強さからも見てとれます。
そうした絆は、ボリオリ一族と従業員の間の数十年に亘る長き歳月によって築かれたものであり、ボリオリが単なるスーツ以上のものを作る最大の強みです。
ボリオリをボリオリたらしめる確固たる所以であるもう1つの理由、それは的確なマーケティングです。
現ボリオリ・チーフデザイナーを務めるピエルイジ(通称ジジ)・ボリオリ氏は1999年、当時としては全く新しいコットンの後染めガーメントダイを施したジャケット、「COAT」を発表します。
2003年、「マーケットが変わってきた」と感じたジジ氏は、高級素材のカシミアにガーメントダイを施したKジャケットを発表。
インド・カシミール(Kashmir)地方の呼称にカシミアが由来する為、Kashmirの頭文字であるKを名付けたとか。
タイドアップが当たり前のクラシックスタイル全盛の当時にあって、それまでには無かった全く新しいスタイルのジャケットは一躍、ボリオリの名を世界中に轟かせます。
2008年には日本でも大ヒットしたボリオリの代表作「DOVER」が誕生。
DOVERのテーマは、「ガーメントダイを施さない3パッチのセンターベント仕様のジャケット」。
ブレザー感覚で自由に着回しの利く、ボリオリらしさを端的に表した同社の代表作となりました。
更に2010年の今季から新しく加わったジャケット、その名も「WIGHT」(ワイト)。
カジュアルな印象の強いドーヴァーに対し、新作のワイトは2パッチポケットにサイドベンツ仕様と、よりオンのシーンを意識したビジネス向けのジャケットなのです。
こうしたその時々の時流を的確に捉える鋭いマーケティング手法により、斬新なコレクションを発表し、単なるテーラードブランド以上の「ボリオリ・スタイル」を定義しているのです。 |