キーマンインタビュー

シセイの創業者 大平 智生さんにインタビュー 2

シセイの工房にお伺いし、創業者であり皮革製品職人である大平 智生さんにインタビュー。
大平さんがシセイを立ち上げるまでのヒストリーからイタリアの職人事情までオープンにお話しいただきました。


インタビュー実施:2011年1月

  何故フィレンツェに来ようと思われたのですか?

  都市計画の勉強というのはほとんど言い訳で、そういう学校を見つけたのでそこに行こうかと(笑)。
当時は就職難で思ったところに就職できなかったので、バイトしてお金を貯めて留学しようと。
都市計画の専門の学校があったのがたまたまフィレンツェだったという感じですね。

  最初はフィレンツェが物造りの町だったからという理由では無かったのですね?

  特にそういう訳ではなかったですね。
ただ来てみたら凄く雰囲気が良くて、お店もいっぱいあって魅力的でした。
当時はまだ町中にも工場があって、なんとなく聞いてみたら見学させてくれたり、手伝わせてくれたりして、あっ、これは面白いかもと思いましたね。

  チェレリーニにも在籍されていましたよね?

  独立する直前まではチェレリーニにいました。

  日本でTV番組を拝見しました。

  そうですか。
お恥ずかしい(笑)。

  チェレリーニの現場では責任者のような立場で。

  責任者という肩書は特に無いのですが、4人くらいのメンバーの中で全体を見るような感じでした。

  工場で働いている間は生活はいかがでしたか?

  もの凄く厳しかったです。
こちらで職人というカテゴリで普通に就職すると、給料が固定で決まってしまっていて、月給1000ユーロいかないくらいなのです。

  それは日本でバイトするよりも全然低いですね。
毎日フルタイムで働いてですか?

  はい。月~金週40時間です。

  チェレリーニ以外の工場では、どこかのブランドのバックを造られていたのですか?

  この辺にはブランドの下請け工場がたくさんあるんですよ。
そういうところで色々なブランドの仕事をやってきました。

  今では逆にそのようなところに自分のバックの製作をお願いしたりもしているのですか?
「あー、あの時の君かー?」みたいな(笑)。

  そうです(笑)。
ただ、周りにあるのが大きな仕事ばかりなので、それこそグッチだとかプラダとかフェラガモとか。
だから僕が100個位の仕事を持って行っても向こうは1000個とかの仕事を欲しがるので、なかなか引き受けてくれないのです。
近年の不況の影響でみなさん段々優しくしてくれるようになりましたけど(笑)。

  そのような工場で働いていた時から、いつか独立しようという気持ちはあったのですか?

  日本に帰って何か始めたいなと思っていました。
ただその前にはじめたので、もう少しどうなるのか見てみようと思います。
特にそんなに独立を焦っていた訳ではないんです。

  チェレリーニに入られたのは大平さん自ら出向かれたのですか?

  たまたま人づてにチェレリーニで人を探しているというのを聞いたので、一回見に行って二日間ほど試しに働いてみて、それまでにやっていた工場と給料もそんなに変わらないし町中にあって通勤も便利だし、残業も無いということで働き始めました。
チェレリーニのようにお店を構えていて、自分の工場を持ってというスタイルでやっているところは珍しいんですよ。
工場がお店の上にありますから。

  そういえばTV番組の中で大平さんが造ったバッグを裏返して、すぐにディスプレイするというシーンがありましたが、見ていてびっくりしました。

  そういうところは他にはないですよ。

  お店と工場を持っているのはチェレリーニぐらいですか?

  フィレンツェではあと2、3軒ぐらいでしょうか。

  チェレリーニは当店(GLOBERの前身STILE)でも定番のブリーフを扱わせていただきました。
30万円ぐらいのモデルです。

  価格だけ見れば高いと思われる方もいらっしゃるのかもしれませんが、逆にここまで手をかけてお店の方が儲かるのかなと思うくらいです。
実際一日一個くらいしか作れないので、工賃だけで50ユーロくらい掛かっていますから。
そこから更に材料費などが掛かるので、そういった事を考えると高くはないのかなと思います。

  鞄の生産工程についてお伺いしますが、最初の革の裁断というのがかなり重要になってくるのでしょうか?

  どこにどの部品をとるというのが重要です。
それによって形が出なかったりしますから。

  形が出ないというのは具体的にどのような状態ですか?

  実際にそうなってしまったものがあるんですけど。
例えば採る場所を間違ってしまうと、皺の部分の手触りがザラザラになってしまったり。
サイドのしっかりとした部分に抜けた皮を使ってしまうと、きれいな線が出ないで潰れたままになってしまうとか。

  そのような知識や技術はフィレンツェに来る前に習得されていたのですか?

  以前から理論的、概念的には理解していましたが、実際に革を裁断する経験を沢山積まないと学べないですね。
初めは失敗も沢山しました。

  バッグの生産工程全てを見る事が出来るのは鞄職人の中でも少ないというお話でしたが。

  こちらでは作業は分業制でパタンナー、裁断、縫製、組み立てなどそれぞれに分かれて作業をするので、それらの作業を一通り全てマスターしているという職人はほとんどいないのです。

  分業制が当たり前なのですね?

  そうです。
就職する際、縫製担当になったらずっとそれを続けます。

  途中で担当が変わったりしないのですか?

  変わらないですね。
ずっと同じ作業を担当します。

  大平さんのように独立するとなるとその担当だけでは難しいですよね?

  大抵は10代から入ってそこで何を担当するかを決めたらずっとそれをやって生きていきます。
その後も独立などを考える人はあまりいないんですよ。
 
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