キーマンインタビュー

シセイの創業者 大平 智生さんにインタビュー 1


シセイの創業者 皮革製品職人である大平 智生さんにインタビュー
シセイの工房にお伺いし、創業者であり皮革製品職人である大平 智生さんにインタビュー。
大平さんがシセイを立ち上げるまでのヒストリーからイタリアの職人事情までオープンにお話しいただきました。


インタビュー実施:2011年1月



  こちらの工房は元々はマンションでしょうか?



  元々は馬小屋だったらしいです。
昔はこの辺に小さい工場がたくさんあったようです。
今ではほとんどなくなってしまいました。



  いつ頃からここに作業場を構えているのですか?



  去年の11月ぐらいからです。
それまでは町の反対側のもっと小さなところでやっていました。



  材料となる革はどちらで仕入れているのですか?



  主に30kmほど南西の位置にあるトスカーナのサンタ・クローチェという町にあるタンナーから買いつけています。
高価な素材になるとフランスなどの海外から取り寄せる事もあります。



  1つのバッグを作るのに革はどれぐらい使うのでしょうか?



  1つのトートバッグで大体1.3㎡ほど革を使用するのですが、それに加えて捨てる部分が30%位あります。



  トートバッグの大きさで傷のないものを使うのって大変そうですね?



  そうですね。
特に白は傷が目立つので、苦戦しています。



  捨ててしまう部分が結構多いので革小物とか作れてしまいそうですね。



  今そういう企画をしているところです。



  シセイはこの1、2年で人気が急上昇していますが生産キャパの状況はいかがですか?



  今年に入ってから急に忙しくなってしまって、お客様にはかなりお待ちいただいている状況です。
申し訳なく思っております。



  何かオーダーが増加したきっかけはあるのでしょうか?



  雑誌などで大きく扱っていただいたのが大きいのではないかと思います。
それまではショップの方に小さく紹介していただいている程度だったのですが、メンズEXさんに定番トートを掲載していただいて、それからは定期的に取材に来ていただくようになりました。



  販売代理店であるリデアの神藤さんとはどこでお知り合いになられたのですか?



  フィレンツェで知り合いました。
彼がフィレンツェに来てすぐの頃だったので、もう13、14年になります。
僕が初めて勤めた工場に併設してショップがあったのですが、そこに神藤さんがアルバイトとして入ってきたのがきっかけで知り合いました。
その後彼が日本に戻ってからもちょくちょくイタリアに来ていたので、来るたびに会っていました。
友達から始まったという感じです。
その後僕は色々な工場を転々としていたんですけど、ブランドを開始する一年程前に彼が家に遊びに来た時に、私が作っていたものを見て、「これ売りたいんだけど何個位つくれる?」と聞かれました。



  それは現在でも展開しているモデルですか?



  そうです。
現在のモデルのベースになっています。



  どのモデルですか?



  ブリーフバッグです。
元々は奥さんに作ったものなんですよ。
ブランド開始当初からやっている形になります。



  これは当店でも扱わせていただいています。



  ありがとうございます。



  最初フィレンツェに来たのはいつ頃ですか?



  95年ですね。



  プロフィールを拝見させていただいたのですが、最初は都市計画を勉強するのが目的ということでしたよね。



  当初は都市計画の専門学校に行く予定で留学しました。
ただ、その頃から趣味で革物の製作はやっていました。



  その頃から造られていたのですね?
では日本ではそのような専門学校に通われていたのですか?



  いいえ、独学で趣味のような形で造っていました。



  高校ではどのような事を学んでいたんですか?



  高校では工業デザインを学んでいました。
革を始めたきっかけは、元々単純に革のパスケースが欲しいと思っていて、自分で造ってみたらできてしまい。
それを見た母親に「じゃ、バッグも作って」って言われて、それをきっかけにバッグを作り始めて。



  その時は何かのバッグなどを参考にされたのですか?



  特にしてないです。
母親とどんなものを造るか相談して、結構形になって(笑)。
その後親戚だとか友人だとかに作ってあげたりしたんですよ。
 
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